言語聴覚士に求められる能力

立つ、起きる、座る、食べるなど、基本的な生活動作が生来的に困難な人、あるいは事故や病気などで困難になってしまった人を助け、そうした作業ができるようにすることを広義でのリハビリと言います。

言語聴覚士が関わるのは、主としてコミュニケーションの障害、すなわち発話や聞こえなどに問題のある方の支援です。

コミュニケーションに障害がある、と一言で言ってもその内実は多様であり、原因も異なります。

先天性の難聴で相手の言葉を聞き取れない、事故や血管性障害によって脳のうち、言語をつかさどる部分に損傷を受けてしまった、舌がんで舌切手術を受けてうまく発音できない……等等。

もちろん、問題の発生した時期(年齢)、回復の見込みなども人それぞれです。

こうした多様な患者とそのニーズにこたえるために、言語聴覚士は何をなすべきでしょうか。

実際に活躍している方の実例を通じて、その点について考えてみましょう。

言語聴覚士に何が求められているのか

「言語療法室」と看板のかかる室内で、老人と若いセラピストが一対一で向かい合う。

ここは都内にある病院のリハビリ病棟の一角。

ここに勤務する言語聴覚士の一人Mさんは、重い言語障害を抱えた高齢者の患者と訓練を行っている最中である。 二人のやりとりに耳を傾けてみよう。

二人のやりとりに耳を傾けてみよう。

「名前をおっしゃってください。」

と、にこやかに語りかけるMさん。

「……」

返事が無い。といって、会話を拒否しているのではない。自分の名前を発音できず、もどかしい思いをしているのだ。

そこでMさんはあせらせることなく、さりげなく努力を促す。

「苗字はヤで始まりますよね。ヤ……」

すると、患者の口が動き始めた。

「ヤ、ヤ、……」

「そうそう、次はマですよね。ヤマ……」

こうしたやり取りをしばし続けると、やがて患者は自分の名前を言えるようになった。

「ヤマ、ヤマ、ヤマダ……」

「その通りです、山田さん。自分の名前を言えるようになりましたね。この調子です」

と、わがことのように喜ぶMさんの様子に、患者自身の表情も和む。

続けて、絵の描かれたカードを見せ、そこに描かれたものの名前を言ってもらう訓練に取り掛かる。

テーマは八王子名物のラーメンだ。

トッピングを見てラーメンの種類と、どこの店舗のラーメンかを当てる難易度の高い設問だが、山田さんの行きつけの店から選んでいるため、言語の壁を乗り越えれば答えられる可能性は十分にある。

「み、みそ……」

「……」

「もう少しヒントを出しますね。西八王子南口から徒歩5分とかかりません。いつも満員御礼で、お昼から店を開けて四時か五時には品切れになってしまう……」

「G……」

「大正解です。素晴らしい。」

やがて訓練が終わり、その日の成績をチェックする。

「ずいぶん言葉が出るようになりましたよ、山田さん。先月は20枚中ヒントなしでラーメンの種類とお店と言えたのは三つだったけれど、今日は七つも言えました。こんなに言えたのは初めてですね。」

と、進歩の軌跡を見せ、褒めることを忘れない。

と自分の努力を認めてもらい、山田さんの顔が思わずほころんだ。

「さあ、お話の訓練はここまでです。続いて、作業療法に移りましょう」

と、作業療法士のスタッフへ山田さんを任せてMさんは次の患者のもとへ向かう。

「こんにちは、Kさん。お元気ですか。」

「いえいえとんでもない。孫が登校中に車と衝突してしまって。手に抱えて持っていたサッカーボールがクッションになってぶつかった際の衝撃が緩和され、なおかつ手から離れ、背中に回ったボールのおかげで、跳ね飛ばされて地面に衝突する時もダメージを受けないで済んだものの、もしも後から後遺症が出たりしたらと心配で……」

「それはご心配ですね。それにしても、どこかで聞いた話ですね」

今度の患者は多弁であり、言葉に障害があるようには思えない。

実はKさんが悩んでいるのは言語障害ではなく、脳血管障害に伴う空間認知能力の欠如だ。

そこで迷路をくぐりぬけてもらったり、地図を見せて二つの場所の位置関係を答えてもらったりするが、本人も認めるように不調であり、ふるわない。

「たしかに今日は不調ですね」

とMさんが指摘すると、

「そうなんですよ、先生。孫のことが心配で、夜もよく眠れないんです。昨日は家で11時くらいに寝たのですが、夜中の三時に目覚めてしまって。どうせならこのまま起きていて新聞配達のお兄さんから手ずから新聞を受け取ってやれと待ち構えていたのですが、待てど暮らせどやって来なくて、結局朝の五時くらいまで待っていたところがこなくて今日は忘れてしまったのかなと思ってもう一度寝たらやはり一時間後には目が覚めてしまいました。厠に立つついでに新聞受けをみると、新聞が鎮座ましましていて、ああ、私が悔いを長くしていたのは何だったのだろうと落胆してしまいました。その落ち込みが、尾を引いているのかもしれませんね。」

持ち前の饒舌で体調不良を切々と訴えるKさんだが、Mさんは辟易することもなく、むしろ相手の相談に喜んで応じる。

特に病気や手術などで能力を失ってしまった患者にとっては、それまでは支障なくできていたことがある日を境にできなくなった衝撃は大きい。

「そこで、こんな簡単な作業もできなくなってしまったのか、と気落ちされる方も少なくありません。もちろん、自分はどこまで治るのかと不安に思っている方も大勢いらっしゃいます。そんなとき、リハビリテーションをしようという気になっていただくためには、患者さんが打ち明ける悩みなどを聞いて、少しでも前向きな気持ちになってもらうことが必要です。訓練のお手伝いだけでなく、こうした心理的なケアも必要ですね」と、Mさんは語る。

「分かりました。では、訓練で少し疲れたようですから、少し休憩してから理学療法士の方へお任せしましょう」

と休憩を促した後理学療法スタッフにKさんの状況を説明し、次の仕事に取り掛かる。

Mさんの次の行き先は、リハビリスタッフの詰め所。

そこで打ち合わせを行い患者一人一人の状況を報告し合うとともに、今後の方針や対処法について決める。

また、リハビリの専門家だけでなく看護師やソーシャルワーカーなど、他の職員とも連絡を取り合い、協力することによってもリハビリの質を向上させようと考えている。

さて、ミーティングが終わった後は新患の対応に取り掛かる。失語症、コミュニケーションの度合いなどについて一通りの評価を行い、その結果をもとにオン後の訓練について方針を立てる。

それが済んでからは、その穂の業務や患者の様子などについて記録しなくてはならない。

コミュニケーションと根気強さが重要

こうして多忙なMさんの活動をたどってゆくと、言語聴覚士に求められる能力や素質が見えてくるのではないでしょうか。

まずコミュニケーション能力は不可欠です。

ここでいうコミュニケーション能力とは、ただ相手の話を聞くことができるとか、自分の言いたいことをはっきり相手に伝えられるといったことだけにとどまりません。

相手の関心や興味を知るとともに彼らの抱えている問題は何なのかを的確に把握し、相手が障害とどのように向き合っているのか、今後どういった人生を築きたいと願っているのかといったことを理解しなくては、適切な処置を下すことは困難でしょう。

「自分の体は自分が一番よく知っている」とはよく聞く言葉ですが、患者は必ずしも自分の容体や要求、つまり今後どうしたいのかということについて明確な像を持っているわけではないうえに、仮に持っていてもそれを的確に相手に伝えられるとは限りません。

まして、特に言語聴覚士が対象とするのは言葉に障害を持つ方が中心であり、患者本人がこうした情報を伝えるのは困難でしょう。

そこで、表情や態度など、言葉以外の手掛かりを総動員しながら、まさに「言外のメッセージ」を読み取る洞察力や創造力が求められます。

次に、協調性もなくてはならない能力です。

Mさんの活動を見てもわかるように、言語聴覚士は医療や保健など、自分の専門以外の領域にかかわるスタッフとも連携しながらリハビリを進めてゆかなくてはなりません。

そこで、様々なタイプの医療従事者と関わり、協力する姿勢が求められます。

さらに、根気強さも大事な要素です。

訓練によって障害が劇的に改善されることが期待できないのは他のリハビリ系(PT、OTなど)と同様ですが、言語障害を持つ方の場合、意思疎通が特に難しいという困難があります。

そこで、表情や動作など細かな情報から相手の状態を把握し、それに合わせて症状の改善を地道に続けてゆくという粘り強さはなくてはなりません。

このように、患者と真摯に向き合い、その状態や思いを的確につかむ能力、自分とは異なる分野の医療従事者などと情報交換し、協力し合う協調性、そしてどこまでも患者を支える根気強さが言語聴覚士にはなくてはならない能力の代表的なものです。

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